Do you hope?...
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今の季節は夏。蒸し暑さは例年の激しさを超えるほどで、隙を見れば汗が流れ落ちる。虫の羽音を聞くだけでも苛苛する。特
に、こんな星の綺麗すぎる夜に
は。
いや、暑さのせいだけなんかじゃない。今のこのむなしさは。
あいつがいなくなったから。
「未継」
頬を伝う汗を拭おうともせず、一心に夜空の明滅を見つめていた。別にそこに何があるとかそういうわけではなく、ただなにもやることがなかったからそうし
ていただけだ。
後ろから声をかけてきたのも誰かわかっている。だから、振り返らない。
彼もそれがわかっているんだろう、あえてなにも言わず隣で同じように、夜空を見上げた。
「あいつは、もういってしまったか」
「………ん」
遅すぎるくらいに間を空けて答えた。
他人と話すことは酷く億劫だ。息苦しいままに死んでしまうんじゃないかと、怖くなるほどに。
それでも彼とは何故か会話ができる。きっと彼は同じモノだから。
「そうか」
不思議と、彼が目を細めてそう呟いたのが分った。きっと俺が其方を向いてしまえば、何事もなかったかのような無表情で見返すのだろうけど。
あいつによく似た顔で、同じ仕草などしないくせに同じ瞳で。絶対に真っ直ぐに見つめてくる。
俺はそれに耐えられない。
「…ねぇ」
「なんだ」
ほら。同じ瞳だ。嘘さえも見とおしてなお覆い隠す、強すぎる瞳。
「何が欲しい? どんなものなら君は命を投げ出すだろう?」
「馬鹿だな。言われたんじゃなかったのか」
「そうだね。だけど君からの言葉じゃない」
「………」
「一生分の愛を誓おうか。それとも刹那の苦しみを与えようか。いっそ全て奪い去ろうか。君ならいったい何を願う」
「…そうだな」
この問いをするのは2度目だ。彼女の答えは冷たかった。そして誰より正しかった。だけど俺の欲しいものではなかった。
同じ瞳をする彼なら、一体俺になんと答えるだろうか……。
流れ星が流れたから、思い付いてしまった。
何時の間にか此方へ身体ごと向いていた彼に、俺は切望する。だけど、何を?
「僕なら」
彼が言う。
そこで初めて空を見るのを止めた。彼の言葉を聞くために。
「嘘が本当になる世界を欲する」
「嘘が、本当に?」
「そう。真実が空虚に還り、現実は狂言へと摩り替わる世界。人が願う嘘がすべてそのまま生きて行く世界に、生きたい」
「………」
「こないだ少し本を読んだのだけどね、こんな話だった。不死の魔女と呪われた王子…なんてなんだかありがちな設定かもしれないけど、簡単にいったらそ
う。君と彼女のようなもんだ」
魔女狩りの激しかった中世期。血の気だった国民から槍で刺され火で炙られて魔女はみな死んでいった。その中で唯一死なない魔女がひとりだけいた。
不死の魔女は人々から酷く恐れられていた。何せなにをしても殺す事が出来ないのだ。不死の魔女は国の地下の牢屋の奥深くに幽閉されることになる。
そこにたったひとり魔女に会いに来る若者がいた。それが呪われたとされる国の王子ミスケイド。
彼は言う。
『おお、あなたが一体何をしたというのでしょう。しかし私はあなたを救う剣を持たない呪いの王子。なんと嘆かわしいことか』
『優しきお方。ですが別に良いのです。魔女は古代より忌み嫌われているもの…。今は死ねない己の身が疎ましくてしょうがない』
『そのようなことをおっしゃるな。決して、諦めてはいけません。生きてならぬものなどいないのだから』
月日は流れやがて時が満ちる。かの地より西に広がる、魔女の生まれる地にて。
復讐だ! と集った過去の魔女たちが言う。
「運か不幸か。魔女たちが狙った最初の獲物は、不死の魔女を閉じ込めている国の都市部だった。そしてそこは陥落する」
焼け落ちてゆく城内。王子は必死に不死の魔女に手を伸ばす。
『どうかこの手をとって、共に国を出てください! 出ねば、ここはもう崩れてしまう!』
『いいえ、私はここを出るわけにはいきません。王子、あなたは早く外へ。私はどうせ死にません』
『あなたは馬鹿か!? 痛みはあるだろう。血だって流れるのだろう? どうしてそんな泣きそうな顔で、そのような酷いことを願うのだ。何故わたしに愛する
人を見捨ててひとり逃げることを選ばせるのだ。…見くびるな! 私は呪われてはいるが、あなたを決してひとりにはしない!』
『王子……』
『生きてください。どうか、共に!』
その言葉に、魔女の体が打ち震える。微かに浮かんだ微笑はとても儚く、王子が恋焦がれたものだった。
『…崩れる、早く手を!!』
魔女が恐る恐る差し出した手を、王子は握って離さなかった。そう、それこそ彼が落ちてきた城壁に押し潰され、その息を止めるまで。
魔女は冷えてゆく王子の体を抱き締め、絶望する。
『ああ、どうしてこの方が逝かねばならぬ? どうして私ではないのでしょう。愚か過ぎる私を、たったひとり愛してくれた方なのに』
俯き覗いた顔からはもう、魔女が愛した王子の微笑みは帰ってこなかった。
『いかないで、いかないでくださいませ王子様。ゆくならばどうぞ私を連れていって。ひとりは嫌です。ひとりは、嫌です。あなたと共に生きるのだと、先程
言ってくださったではありませんか。決してひとりにしないと、誓ってくださったではありませんか。王子、何故私を置いてゆくのです……王子』
震えてしまうほど強く、強く抱き締めても。
冷えてしまった身体には温もりはなかった。
『愛して、いるのに。どうして、あなたにそれを伝えることさえ叶わないのです………?』
「そして彼女は希う。自分が死んでしまう世界を。王子が生きている世界を。魔女が恐れられない世界を。血が流れない世界を。――そんな話さ。まぁ、話とし
てはBad Endだけどね」
普段より幾分かふざけたような口調で彼がそう締めくくる。
俺はそれが珍しくて、ややまじまじと彼の顔を見つめすぎてしまったようだ。彼が苦笑している。
「…つまり? 答えになっていない」
「そうかな? そうでもないと思うけど。つまり、そういうことなんだよ」
「だからどういう」
「聞いてばかりじゃ面白くないだろう?」
「………」
風が吹いたのか、木々の影が彼に覆い被さって表情が分らない。
だがきっといつもの冷ややかな顔をしているのだろう。もう、答える気はないらしい。
やはり彼は俺と同じモノなのだと思う。
そして。
きっといなくなったあいつも、やはり同じモノなのだと思った。
『わたしはあなたの願いを叶えることができなかった。あなたと生きるというたったひとつの願いをかなえることのできないまま、あなたの知らぬ地にてわたし
は果てて消える。それもそう、この不死と恐れられた身体は嘘であったから』
『ですが私は嬉しいのです。この身体をやっと捨ててあなたのもとへと向かえるから。やっとまたあなたにあえるのです。いったい何度願ったでしょうか。これ
が私の望む世界です』
『ああ、あなたにあったらまずはじめに何をしたいでしょうか。抱き締めたいかもしれません。声を聞きたいとも思います。でも1番に、あいしてるといいたい
です。あの世界で伝えることの出来なかった言葉を、新しい世界で真っ先に伝えたい。ああ、あなたに会いたいです、王子。きっとわたしは愛しすぎてしまった
のです。愛しています、愛しています王子。もうすぐ、あなたのもとへ――』
NOVEL
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