歌え、神々の御許で。――風

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「中尉」

 呼ばれ、足を止める。
 振り返ると自分よりまだ若いだろう、女兵士が立っていた。
 セラフィーナは内心またかと思うが、それは顔に出さず、無表情のまま聞いた。 

「…何でしょう」
「あ、あのっ。私こないだの戦場で中尉の戦われる姿に圧倒されてしまって…っ。よければその、今度剣の使い方などをご指導頂けたらとっ」
「申し訳無いけれど」

 セラフィーナは兵士が全て言い終わるのを待たず、切り出す。

「それにはちゃんとした指導官がいるはず。私から学んだからといって、何かが変わるわけではありません。その方々から学んで出来ないのであれば、貴女は早 々 にここを立ち去るべきでしょう」
「…っす、すみません」

 兵士がそれを聞き深深と頭を下げた。そのまま走り去ってしまう。
 セラフィーナはそれを見届けると、ふぅ、と息をついた。また城の廊下を歩き出す。





 セラフィーナが戦場での功績を褒め称えられることなど、日常茶飯事であった。
 両親が軍事の最先端にいたことから、セラフィーナ自身もまだ幼い頃より戦術を叩きこまれ、戦場にも足を踏み入れている。だからこそ他の者より動くことが 出来るし、動かなければならなかった。
 これが評価だということには理解を持っている。しかし、こうたびたび出会い頭に言われても、迷惑でしかないのだ。

(第一、人の命を奪った上での功績など、何を誇ればいい…)

 敵であれ、生きている者。生きようとしている者たちを、この手で沈めなければならないこと。
 セラフィーナはそれを知った上で剣を振るっている。
 勿論分っているのだ。自分が罪人であることくらいは。
 例え望んでいなかったとしても、自分の行いが許されるものではないことを。




 城の端、救命所に入る。そこにはこないだの戦で傷付いた者たちが、それこそ数え切れないほどいた。
 顔を見たことがある者も、知らない者も勿論いたが、中には顔が傷付いて分らない者もいた。
 手当てをしている治療士も、あまりの怪我人の多さに忙しいらしい。
 セラフィーナはふとそこを通りすぎ、奥に有る捕虜の牢屋へと向かった。

「すみません」
「これはセラフィーナ中尉。このようなところへ何用でしょうか」
「少し、中を見せていただいてもいいでしょうか」
「は…、といわれましても、ここは」
「絶対に牢屋をあけたり、人に触れたりは致しませんから」

 そうセラフィーナが告げると、牢屋の見張りをしている兵士は悩みながらも了解してくれた。

「…わかりました。少しだけですよ」
「ありがとう」
 
 それに少しばかりの微笑を向けると、中に入る。
 中は酷い汚臭だった。血の匂いは勿論、とてもではないが10分も中にいれはしないだろう。
 こんなところに置かれている捕虜たちに、やや同情した。

 うめき声が聞こえる。
 声のするほうへと歩いていくと、牢屋の中で片腕の無い男が蹲っていた。
 年齢はわからないが、もう大分年老いているらしい。髪の間間から白髪が見えていた。
 ろくに治療もされていないのだろう、巻かれた包帯から血がにじんでいる。
 ……あれだけの兵士が負傷している中で、捕虜の治療まで行き届かなかったということだろうが。
 ここは怪我人にはあまりに酷な場所だった。
 良くなるどころか、これでは悪化するだろう。

 特に何を思ったわけでもないが、セラフィーナは牢屋の外の窓を一つ開けた。
 換気でもしてやれば、少しはこの匂いもなんとかなるのでは、と思った。

 そうして少しの間窓の外を眺めていると、後ろから声をかけられた。
 はっとして振り返ると、先ほどの片腕の男だった。
 顔はぼこぼこ、原型もとどめていない。だが顔の向いている方向から、自分に向かいしゃべっているのだとセラフィーナは直感した。

「窓……ありが、、とう」

 それは空気を換えてくれたことへのお礼だったのだろう。
 子供が見れば泣いて逃げていくような男の有様ではあったが、セラフィーナはなんとなく、男が喋った事に安堵した。
 男も苦しかったのだろう。

「………いえ」

 こんなにも心地良い風が吹くというのに――。
 また戦が始まれば、血の色が、純潔を光らせる空を染めるのだ。
 この男のように、苦しんでいても人に感謝できるような人間が死んでゆく。
 殺すのは、自分のような冷たい人間だろう。

 窓は開けたまま、セラフィーナは牢屋を後にした。
 念の為牢の見張りには、換気をしていた旨を伝えておく。



 ――セラフィーナが、この片腕の男が死んだという訃報を知ったのは、それから約4日後だった。










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