1.逢魔時まで @
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『明日の○○地方は午前中曇りで、昼ごろから宵のうちにかけて雨となり、所により雷を伴う恐
れがあるでしょう。落雷や突風には注意が…』
風呂から上がると、つけていたテレビから天気予報が聞こえた。ちょうどここら辺りのところを言ってるみたいだ。
その音に誘われるようにリビングへと向かうと、ソファに寝転がりながら雑誌を読んでいた神楽(かぐら)がすぐさま不満そうに声を上げる。
「さく。またちゃんと拭かないで出てきたの」
言われまたやってしまった、と苦笑いが浮かぶ。
つい聞き逃すまいと濡れたままの頭で風呂場からリビングにきてしまった。廊下には転々と水滴が落ちている。
「悪ィ、滑らねーうちにやっとく…」
「馬鹿。そっちじゃなくてこっちが先だろ? ほら」
とっさに廊下を拭きに行こうとする俺を、神楽が引きとめた。雑誌はもう読みおわったんだろうか、勢い良く閉じてから。
何時の間にか手にしていたらしいタオルで、此方の頭をぐりぐりと掻き混ぜてくる。
「これでよし、っと」
気が済んだらしく最後にぽんぽんと人の頭を軽く叩く。これは神楽の癖だ。
神楽は俺――斉料 咲哉(ときりょう さくや)の兄にあたる。とはいっても年齢は同じなので、どっちかっていうと友達みたいなもんだ。
数年前に俺の父親と神楽の母親が再婚し、その時に家族になった。
お互いの仕事が理由で親が不仲になった今では、唯一の家族でもある。
「…明日、雨だって?」
廊下を一通り拭いて戻ってくると、天気予報はもう完全に終わりCMが流れていた。
特にすることもないのか、ぼうっとそれを見つめている神楽に声をかける。
「ああ、そうみたい。昼からだってさ。参ったな、俺こないだ傘人にやっちゃって持ってないのに」
「またかよ。てかなんであげるんだよお前」
「だってそうでもしなきゃ家まで送れっていう雰囲気だったし。そんなの嫌じゃん。めんどくさい」
「…お前のこと優等生だと信じてる奴らに、今の台詞を聞かせてやりたい」
「へっ、そんなん知ったこっちゃないね。素で付き合えない奴らなんかどーでもいい」
「そんなもん?」
「そんなもんなの」
ふぅん、となんとなく納得する。まぁそんなもんか。
「あ、だから明日さく靴箱んとこで待っててくんね? 俺生徒会あるからちっと遅くなるけど、出来るだけ早く行くから」
「りょーかい」
「恩にきるよ弟クン」
「…ちゃかすな」
「イテッ。うーわーーぁ家庭内暴力だっ。反対はんたーい!」
「うざい」
少し小突いただけの頭を大事そうに抱いて、神楽が楽しそうに声をあげた。
それを見遣ってから、何とも無しに窓の外を見つめる。
明日は雨か……。
今日が火曜だから、明日は俺が家事の当番の日だ。
こないだ神楽の用事で家事を交代したのが確か、先週の水曜だったはずだから。
雨が気になるけど…どうせ神楽を待ってから行くんだし、買い物はあいつに持たせるんでもいいか。
せっかくだから日頃持ち帰りづらい重いものでも買っていこう。
「さく。オマエ今よからぬことを考えただろう」
「いや別に」
「オマエの別に、はそうです、と同異義語なんだよ」
考えてない、と続ける前に神楽がそう続けてきた。半目だ。
「明日の予定を考えてただけだよ」
「ほう?」
「醤油が確か切れかかってたし、ついでに油も買っていきたいし、神楽が何枚か皿を割ってたからその補給もするだろ。で修理に出してたパソコンもそろそろ直
るはずだから帰りに寄ってって、それから」
「…。お前、学校の荷物あること考えてる?」
「そこらへんはオニイサマの活躍どころだろ?」
「げっ、俺が全部持つのかよ!」
「頑張ってくれ応援してる愛してる」
作り笑顔を浮かべ、棒読みでそう告げる。
神楽の眉はすっかりハの字になっていた。
「…こんな時だけ弟面」
「こんな時だから弟面なんだよ、オニイサマ」
「……優しい弟が欲しい」
がく。と神楽が肩を落とす。
その様子が普段優等生と評判の高い神楽とあまりにもかけ離れていたものだから、思わず笑ってしまった。
既に曇りつつある空は星が一つも見えなくて、黒く見える。
時折強く吹く風がガタガタと窓を鳴らしていた。
街並みに弱弱しく煌く灯りも、時間が経つにつれ消えていく。闇は嫌いだ。
全てを呑み込んでくれるような、安心感と不安感が伴って。
嬉しいような、悲しいようなそんな気分になってしまう。
雨の日に買い物して帰るのは物が濡れたりして嫌なんだけどな…。
傘があるとはいえ、濡れ鼠になるだろうと予想されて、俺は思わず溜息をついた。
まだ降らない雨の雨音が、遠くから近づいてくる。
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