0.遠ざかる足痕

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 浅い、本当に浅い、呼吸音がする。
 掠れた音はいつ聞こえなくなってしまってもおかしくなかった。
 少年はただ、それが聞こえなくなるのが怖かった。
 周りは冷えて凍えるほどだったが、少年はそんなことはわからなくなっていた。
 だから目の前に倒れた青年の顔を見て、泣いたのかもしれない。


 青年は、微笑んでいた。静かに。
 それと反対に、胸元から流れ出る血液は、止めど無く彼を死に追いやっていった。
 青年は泣く少年を見て、なのに少しだけ嬉しそうだった。
 もう上がらなくなってきたらしい手を、そっと少年の頬に当て、そして、つぶやいた。
 それはやはり掠れていたが、少年は必死で聞き取った。


「……、………」

 いいかい?
 これから言うことをよく覚えていて。

「……。………、……………………」

 君は化け物なんかじゃない。
 だから悲鳴を上げたい時は我慢しなくていい。
 傷ついた時には笑わないでいいんだ。
 どんな人が君のことを蔑んでも、それに挫ける必要なんかないんだ。

「………、…………」

 信じられないっていうなら、俺が保証する。

「…、……。…………。…………―――」

 いいかい? 君は人間だ。
 だからいつだって自信を持って歩かなきゃだめなんだ。

 たとえ、俺がいなくなっても―――



 少年が始めて心を開いた人間は、そしてそのまま、目を閉じた。
 少年はもう泣かなかった。
 だけど、彼の手を離すことはできなかった。

「…っ―――」


 ただ、ただ失ったものが大きすぎて。
 心が、痛くてたまらなかった。





 





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