３．依頼、騒動。そして逃走 �B
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　酒場を出、二人を尾行していたルアが行きついたのは、酒場からさして離れていない何の変哲も無い宿屋だった。
　宿屋につくやいなや、二人と一匹はそのまま二階へと消えていった。
　気付かれた様子は、ない。
　ルアは防寒用でもあるマントを不躾に纏い、顔を隠すような 形で宿屋の１階にいる。周りでは宿の客だろう数人が食事をとり、宿屋の主が陽気に応対している。もうそろそろ日が暮れる。これから宿の客も増えてくるだろ う。
　尾行していて気付いたのだが、少女―――レティとか呼ばれていただろうか、が追いかけてまわしていた獣は、どうやら幻獣のようだった。
　つまり、あの少女か青年のどちらかが幻獣使いだということだ。下手をすれば両方が。そして青年のほうは既にこの目で確認済みであるように、魔術師である こ とは間違い無い。ともすれば、非常にやりにくいことだ。
　あくまで今回の仕事は魔術師の戦闘を予想して頼まれているものではないにしろ、その可能性があるからこその仕事だともいえる。しかし、一人だけといわれ た わけではないが、少々分が悪い。何せ相手は幻獣と魔術を操る。逆にルアのほうは単独任務。ただ大勢いればいいというわけではないが、相手が相手なだけに不 利だということはぬぐえない。
　ルアはそういった知識は持ち合わせていたが、残念ながら幻獣使いの才能はなかった。
　だが、確かにその獣は幻獣だとルアは確信していた。
　以前ルアが直接見たことのある幻獣と、その存在感はひどく酷似していたから。
　先ほど気付かなかったのは、らしくもなく胸中で落ち着きが失せていたことの証明だ。
　ルアは悔しげに唇を噛んだ。
　魔術師は発見した。そしてその居場所も。
　だが些細なこととはいえミスを続けたというのは、命がけで生きてきたルアにとって酷く自信をなくすものだった。



　その頃。
「兄様」
　少女―――レティが、目の前にいる兄に向かって、おずおずと声をかけた。
　青年は椅子に座り、コップに水を注ぎそれを口にする。
　一拍おき、立ったままでいる妹に向けて柔らかく微笑した。
「なんだ？」
　夜に溶けるほど静かな声音だった。
　レティはそれに安心したかのようにほっとすると、兄の顔を見ながら次ぎを次いだ。
「さっき、ほんの一瞬だけど誰かがついてくる気配がしたよ。自信は無いけど……」
「あぁ、あの少年か。確かについてきてたような気がするな」
　どこからだろうかは気付かなかったが、おそらくあの少年は尾行だろう。レティがそういうのもおかしくない。
　偶然外に出していた青年の幻獣がいなければ、危うく見逃すところだった。
「あたし、確かめてこようか？」
「どうやって？」
「う……」
「さっきの酒場よりひどいことになりそうだ。止めておけ。それより、どうやってまくか……なかなかこの国もいい人間を持ってる」
　レティは知っていた。こういう言い方をする兄は、たいてい、楽しんでいる。その状況にでもあるだろうし、その人物に対しても。そしてそれはまったく悪意 が ない時だということも。こんな時この優しい兄からは、幼い子供が新しいおもちゃを見つけたような嬉しさが感じられる。
「…たまには鬼ごっこもいいだろう。残念ながら、あちらが鬼だけどね」
　コップを置き、妹に向かって青年はさらに笑みを深くした。






　―――気付かれていた？
「くそっ」
　ルアがそれに気付いたのは、あの二人が逃げてそれほど時間がたっていないぐらいの時間だった。が、何故夜に、あのタイミングでしかも窓から出掛けられた か と いうと、それもまた妙な話だ。そしていきついたのが、尾行がばれていたということ。
「気配は隠せていたはずなのに…っ」
　ルアは舌打ちし、先ほどあの二人が入っていった部屋の中へ入った。
　すると少し離れた場所で、がたん、と何かが倒れる音がした。
「！」
　窓の下からだ。
　警戒は解かないまま、一足飛びに窓へと駆け寄る。音の正体は、少女の連れていた幻獣だった。
　自然、腰の双剣に手が触れる。
　幻獣はこちらを一瞬見あげたかと思うと、そのままこちらへは来ず、市街地とは逆の墓場の方向へ走っていった。
「………。罠、か…？」
　意図がつかめない。だが、ここで見逃すわけにもいかない。
　ルアはそのまま窓の下へ飛び出ると、幻獣の走っていった方向へ駆け出した。
　相手は二人だ。力量の知れない術士。それに幻獣もいる。
　こちらは一人。明らかに分が悪い。
　無難なのは、相手に悟られずこちらの調査を的確に終わらせることだったのだが、今ではもうそれは出来ない。
　一人で追うべきではなかったのかもしれない…。
（………、まだ仕事中だ。反省するなら後でいい）
　幻獣にまかれないようにルアは懸命に追い掛けた。何せ相手は獣。人の足で追うにはなかなか気力も体力もいる。
　息が上がらないのは、流石といっていい。
（ここは路地裏で、なおかつ墓場の方向へ走ってる。殺るには妥当の場所だが…人はいなくなる。走っているのはあれだけだ。なら、あの二人は別行動）
　内心で冷静に状況を把握する。
（魔力の集まる場所を探せ）
　もし相手が、特にあの青年がルアをおびき出し殺すことが目的であるとしたなら、近場に気配がないことをみると魔術を使ってくると考えられる。なら、魔力 が 他と比べ高まっているところを探せばいい。
　ルアがそう結論付けまわりに意識を飛ばそうとした瞬間。
「！？」

　ひゅんっ！

　一拍遅れて、上空から今まさに足を踏み出そうとした場所に矢が飛んできた。
　いや、矢といっても一般的な矢ではない。何故なら雷が走っていたし、地面に刺さる前に消えた。第一太すぎた。
　間一髪、足を踏みとどめたルアはかすることもしなかったが。
　幻獣は気付くとこちらを振り返っていた。
　場所はもう、墓場の入り口だろうか。街から少し離れたようだ。建物は遠く、砂漠の山が見える。
　幻獣の少し後ろの方には夜に包まれた墓碑が立ち並んでいる。
　それがいっそうに胃の中を気持ち悪くさせる。
（―――きた）
　先ほど矢が飛んできた方向から、それこそ雨のように魔力の束がルアに降り注いだ。









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