２．依頼、騒動。そして逃走 �A
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　あぁ、どうしてこんなことになってるのか。
　ルアは飛び散るガラスをよけるために、転がった丸いテーブルを盾に鬱々と考えた。
　問題はまだこの机の向こうで活発に動いている。そう、動いている。
　そしてその問題を追いかけている人物が、出血し倒れている酔っ払い数人（どちらが原因で倒れているかは、少なくともルアの位置からは判断がつかない）を 思 いっきり踏みつけて酒場の中を走り回っている。
「ちょっと！！　待ちなさーいっ！」
　がしゃーん。
　どうやらまた割れたようだ。



　ルアが酒場を訪れたのは、教会を後にしてだいたい半刻ほど後だった。
　酒場は昼間だというのに人がわいわいと騒ぎ、あちらこちらで酔っ払いの笑い声が聞こえていた。どこかでは世を儚む声なども聞こえたような気がしたが、夜 間 の酒場と比べると、とても平和なものだった。
　ルアは一通り周りをざっと見、目当ての人物を探した。とりあえずここには探し人はいないようだ。
　まぁ、こんなところにいるのであれば、もともと捜索の命などでないだろうことは、火を見るより明らかだが。
　では、問題の魔術師のほうはどうだろう。
　魔術師は一見してわからない。
　しかも、件の魔術師についての情報はほぼ無いに等しかった。
　第一、魔術師だからといって特徴という特徴があるわけではないのだ。
　外見に何かシンボルが出るわけでもないし、杖など、武具に影響もしてこない。好き好んで使う者もいるが、だいたいは初心者だ。レベルの高い魔術師となれ ば、そんなものは邪魔なだけで必要性はまったく無い。
　魔術を使ってるところを見なければ、魔術師だとはわからない。
　今更その考えに行き当たって、ルアは頭を痛めた。だが、ここで仕事を放棄するわけにもいかない。
　それにもう目撃のあった酒場に来てしまっている。
　結局、旅人のような風情の者を探してみるしかないだろう。
　しょうがない、とルアは人の空いた割と酒場全体が見渡せる、奥のテーブルに腰をつけた。
　注文を聞きに誰かきたようだったが、相手がルア（子供）だとわかると、「まったく、ひやかしかしら」と帰っていった。
　年は確かに１５だが、酒が飲めないわけではない。ただ、別に飲みたいとも思わないが。それに酔いもしないが、何より仕事中だ。
　しばらくそうして酒場での賑わいを堪能しつつ、人の出入りに注目していた。
　カラン、とドアが開く音がする。
　また人がきたようだ。
　そして同時に―――入ってきたドアとは別の方向から、がしゃん、とガラスの派手に割れる音が響いた。



　それから現在に至り―――…



「この…っ、いいかげんにしてよね！！」
　怒号が響く。怖い。テーブルごしに異様な圧迫感がある。
　問題の原因もそれに恐怖を覚えたらしく、物音が消えた。見ると、酒場の店員含む、周りの客は逃げた端っこで固まっていた。
　少し前、酒場が悲鳴で飲まれる寸前に入ってきた客は、この少女だった。ルアより少し幼そうな少女。金髪の長髪を左右に結い、赤いリボンを首に巻いてい る。 目は、碧眼だった。その表情は先ほどの声からわかるように、目に見えて怒りが浮かんでいる。
　この少女が入り口から入ると同時に、入り口と反対側の窓からガラスを割り、それが入ってきたのだった。
　それ―――よくわからないが、獣なのは間違いない。白い毛並みに猫のような体躯。目は少しつり目で赤。血の色に似ていた。
　そしてその獣は、切なそうに声をあげる。
「きゅーん」
「きゅーん、じゃないわよ！！　ご飯ならあげたでしょ！？　なんであたしのおかずまで食べるのよ！！」
　…………。
　どうやらこの騒動の理由は、獣の食事にあったようだ。
　だが、果てしなくどうでもいい。
　あまりな、といってはあまりにもくだらなすぎる理由に、周囲も唖然とした。それもそうだ。この酒場の惨状は見る間も無い。
「おまけにご飯のときに走り出すなんて！　行儀悪いにもほどがあるわよ！」
「きゅーん…」
　しかも何か間違っている。真っ先に問い詰めるべきは、というか、すべきことはこの惨状の収拾だろうに。
　今の今まで固まっていたらしい酒場の客が、怒髪天をつくといった様子で立ち上がった。
「おいおい、嬢ちゃん。ペットの世話なんかするとこじゃねぇんだよ、ここは」
「酒がまずくなっちまっただろうが！　どう落とし前つけてくれるってんだ？　あぁ！？」
「ガキはとっととそのペット連れて帰るんだな」
「店の…備品が……うわぁぁあん」
　などなど。
　ちなみに最後のは店員だが。
「なによ！　こんなとこで酒場開いてるのが悪いんでしょ？！」
「なんだと、このガキ！」
「うゎぁああん…」
　ルアはその頃には盾にしたテーブルを起こし、一人何食わぬ顔で席についていた。
　その顔には出ないが、内心は喜ばしくない事態に少しばかり苛立っていた。
　何せこの騒動だ。問題の魔術師も、捜索中の人物も、避けてとおる可能性しかない。
　唯一の手がかりが消えそうになっているのだ。非常にまずい。
　しかもこの場にいる兵士はルアひとり。状況からいって少女は周りのことなど見えていない。それどころか火に油を注いでいる。
　兵団の義務からこの揉め事を収拾するか、それとも先ほど負った任務を優先すべく、この事態を無視するか。
　ルアはやはり無表情で、苛立っていた。
　そこへまたしても、カラン、と新たに人が入る気配がした。
　それは少女と同じく、金髪碧眼の青年だった。
　青年は酒場を見ると、状況を把握したようだ。その中心で派手に言い合う少女と酔っ払いに向かって歩き出した。
　少女がそれに気付く。
「兄様！」
　どうやら少女の兄妹らしい。
「レティ。駄目だろう、皆迷惑している。謝るんだ」
「で、でも」
「酒場の物を壊したんだろう？」
「う……」
「レティ」
「………ごめんなさい」
　店員はショックに打ちひしがれてそんな謝罪など聞いていなかったが、周りの酔っ払いはそれを聞くと、フン、と鼻を鳴らし酒場を出ていった。
　残った者は実に様々だった。
　いそいそと壊れたガラスを集め掃除をするものもいれば、騒ぎに気付かず酔いつぶれている者もいる。飲みなおす者もいれば、先ほどの酔っ払いと同様に帰り 出 す者もいた。
　青年と少女（と獣）は、酒場のマスターとこの被害について交渉しているようだ。
「…というわけで、そちらのお嬢さんと横の動物が暴れまわりまして」
「なるほど」
　重々しく青年が肯く。少女（と獣）はその横で所在無さげに立っていた。
「では、とりあえず壊れた窓のほうを修理させてください。この子も、もう反省していますから、それで許してやってくれませんか？」
「は？　修理、ですか？」
「はい。………あそこの２つと左側の窓ですね。それといくつか、食器も」
　窓を示しながら、マスターに確認する。
「え、あ、はぁ。そうです」
「少し待っていてください」
　そう言うと青年は壊れた窓のほうに手を向けた。偶然にも、それはルアの座るテーブルのすぐ傍の窓だったので、自然とそちらへ目が行く。
　青年が何か呟くと、たちまち破壊される前の窓が出現した。
　続けて、残りの２つの窓にも同じように手を翳し、何か呟く。やはり、壊れる前の窓が出現する。
　すべて終えると、やがて青年はマスターに向き直った。
「これで直ったと思いますが。他に壊れた物はありますか？」
「い、いや…。他は、特に」
「そうですか。では、失礼します。レティ、行くぞ」


　青年がしたそれは魔術だった。それも、難易度の高い癒しの魔術。
　ルアは出て行く青年と少女と獣の後をつけることにした。









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