6.初期微動 A
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昼。
ざわざわと騒がしい人の賑わいと、少し遠くから吹く砂漠の匂いはいつもの街中だ。
ただしそんな街中に一つだけ異様なものがあった。
普段ひとりで過ごしているはずのルアが連れを連れて、その上荷物持ちなんぞをしているということだ。
手には大量の荷物。それは今もどんどんと増え続け…中身がめいいっぱい入った大きな袋は、3つにまで増えようとしていた。
別段重くてしょうがないというわけではないが、今も増える中身はすでに視界にまで達していて、下手をするとこけそうだ。
「はいっ。じゃあこれもお願いね」
無情にも先を行くレティシアがまた荷物を重くさせる。抗議しようにも、本人は既に違う店の中を覗いている。
ルアは荷物を落とさないようにバランスをとりながら、その背を追い掛けた。
そう、今は買出し中なのだ。
何が悲しくてこんなことをしているのかというと、昨夜のジークの発案が実行されたにすぎない。
なぜか言い出しっぺの当人はいないのだが。
「なぁ、なんで俺がこんなことしなきゃならないんだ?」
ようやく、長らく思っていた不満を口にする。
「そんなの、あたしが持てないからに決まってるでしょ」
レティシアは、さも当然というように言い放った。
「なら買うなよ…」
「飢えたくないし」
「………」
正答だが、最初の質問は流されたような。
「そこのお嬢ちゃん! 果物はどうだい? 美味しいよ〜」
「買いま〜す♪」
また荷物が重くなった。衝動買いに見えるのは気のせいだろうか…。
まったく、どうも昨日から運がなくなっているような気がする。
そう思いルアはまた人知れず嘆息した。
数日前からこの国を周り、わかってきたことがある。
この国はあまりにも無防備だ。
旅人へのチェックは出身国と名前、年齢、国に来た理由だけで武具等のチェックはしない。
街へ魔物がよってこないせいで人々の”外”への警戒も最低レベル。
慣れた安全に浸かりすぎると、こうも平和な人間になるのだろうか。
路地裏などで細々とはいえゴロツキがたまったりスラムが出来ていることからしても、生活面では法が改正される必要がある。
魔物に関してはそれなりに対応はできているようだが、それも上っ面でぎりぎり制御しているようにしか、ジークの目には映らなかった。
この国は酷く脆い。
それがジークの印象だった。
もしかするとそれは、砂漠に埋もれた国の運命なのかもしれない。だが、ただの衰退かもしれない。
”外”を知らない人々は今日も上辺だけの幸せにしがみついている。
やがてこの国さえも砂に呑みこまれると知ったなら、この人たちはどうするだろうか……。
仕事はいつも忙しい。
机を離れる時は書類をとりにいく時だけだし、この部屋からは一切出ていくことがなくなった。ペンだこにももう慣れた。
教主はそんなことに思い当たり、休まず動かせていた手を、そのままの体勢で止めた。
人と接する機会は勿論ある。しかしそれでも、精神にも身体にも疲労が募っていた。
先王が亡くなった後、すべてを任されてはくれないかといわれた。その時以来、そんなことはわかりきっていた。
だが特に、ここ数日はろくに睡眠もとれていないような気がする。
子供とはいえよく気がつくリーなどには、今日ぐらいは休んでください、ともはや繰り言のように言われていた。
確かに、少しまいっているようだ。
(少しだけ、仮眠を取ろう。あとの書類はそれから………)
教主は背凭れに倒れると、目を閉じた。疲れはピークに達している。ほんの少しの間目を閉じていれば、やがて深い眠りにつけるだろう。
コンコン
もうすぐにでも寝ついてしまいそうな時に、ドアを叩く音がした。
無視するかとも思ったが、せっかくの眠りを…とは言えない性格だ。黙って返事をする。
「何かな?」
「すみません、教主様。旅人の方がどうしても教主様にお会いしたいと仰せなのですが…いかがいたしましょう?」
「旅人?」
てっきり城の人間の誰かかと思っていた教主は、眉を顰めた。
「外の国の一国、ヴェルズ国から来た方だそうです。名をジークさんと。是非に教主様とお話がしたいとのことで…今、ホールのほうでお待ちしていただい
てます。日を改めるようにお願いしましょうか? 教主様も、お疲れのようですし…」
「いや、いい。来ていただいたのだから、それは失礼でしょう。お会いします。ホールですね?」
「い、いえ! それなら今すぐお呼びしますから、教主様はここでお待ちください!」
「ですが」
「いいですね?!」
「…わかりました」
返事を返すやいなや、律儀にも「失礼します!」と断り青年が走っていく。忙しないことこの上ないが…心配してもらっていることが、正直とてもありが
たい。
とりあえず体を起こすと最低限身なりのチェックをする。流石にやつれた顔はどうにもならないが、少しくらいはなんとかなるだろう。
(そうだ、この大量の書類も片付けなければ…)
前が見えないほど積まれた書類だ。せめて視界だけでも確保しなくては……これではあんまりだろう。
そうしてあたふたとらしくもなく書類を整えていると、やがて青年が戻ってきた。
青年の後ろに誰かいるようだった。
「教主様。お連れしました」
「ああ、はい。どうぞお入りください」
本当はまだ片付けきれてなかったが、とりあえず視界は…お世辞にもいいとはいえないが。
「失礼します」
そういって彼ともう一人旅人風の青年が入ってくる。
教主がそちらを向くとどこかで習ったのだろうか、彼、ジークは慣れた様子で御辞儀をした。
「初めまして教主様。ジークと申します。この度はお忙しい中お時間を割いて頂き申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。散らかっていますが、それさえ気にしていただかなければ」
「ありがとうございます」
「それでは、私は失礼します」
青年が部屋を出ていく。
「…」
「では、ジークさん。早速で申し訳無いのですが、お話とは? 何用でしょうか」
「はい。実はこの国の戦闘要員を一人お借りしたいのです」
教主が驚いたようにジークを見る。
「兵を…? それでしたら城の方へのご用件ではないでしょうか。それに、大変言いにくいのですが、我が国は王の逝去後著しく兵の統率も取れていないよ
うな状況でして。……何故兵をお借りしたいなどと?」
「ええ、それは見知っています。…もう既にご存知かもしれませんが、私は”外”のヴェルズの人間です。ヴェルズは水が残る国ですので、私も連れも砂漠
には慣れ
ておりません。なんとかここには辿りつく事が出来ましたが、
やはり勝手が違う他国の領域で魔物と戦うには、少々不安が残るのです。勿論城の方へ真っ先に向かったのですが、『現在城への立ち入りは禁じて
いる』の一点張りでお話も聞いていただけず……。そうしたら、街中で教会に行けば良いと聞いたものですから」
本当は街中で聞いたのではなく、ルアから聞き出したことなのだが。
「なるほど。失礼ですが、この国には何用で来られたのでしょうか?」
「はい」
一拍置き、続ける。
「細かく言う事はできませんが、”砂漠化”の実態調査、とでもいいましょうか。私はヴェルズ王の勅命によりその任を請け負った者です。まずは、と最初の被
災国であったこの国へやってきました。ですがこの任は決して安易な事ではない。故に砂漠の地を知るあなた方のお力をお借りしたい……これがその書状で
す」
懐から一目で上等とわかる紙を取り出す。
失礼します、と一言ことわると、教主がそれにさっと目を通した。
「確かに、本物ですね。分りました。…正直人員を割くことは避けたいところなのですが、他国とはいえ王族の願いとあらば聞き入れるべきでしょう。それ
に、昔
そちらの国にはとてもお世話になったのだと先代の王より聞き及んでおります。お力になれることなら、なりましょう」
「心遣い感謝致します」
ジークが紙を懐に直しながら微笑する。
「では、第一兵団の人間をつけましょう。この国では魔物討伐を率先している兵達です。期間はあなた方の任務遂行まで。こちらで指名しておきますので、お泊
りの宿等お教え頂けますか?」
「いえ、縁があって既に頼みたい人物がいるのです。後は教主様の許可さえいただければ」
「? 誰でしょうか」
教主が不思議そうな顔をする。ジークはそれを見て何故か満足そうに微笑み、名を告げた。
「――蒼月。ルア=カミシェです」
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