7.目指すは広大な海へ @

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「と、いうわけで、明日にはまた発つから」
 大量の買い物を終え、宿屋に戻ってきたルアとレティシアに開口一番、ジークがそんなことを言った。
 ルアはそれに一瞬呆気にとられたが、次には安堵の表情に変わり荷物を下ろした(机に乗り切らなかった分は床に落ちているが、ルアは気にしなかった)。
「ああ、そう…。なら俺はもういいな。国の外へ出てしまえば、魔物だろうと魔術師だろうと扱いは同じだ。じゃあな」
 言って行動に移そうと、踵を返す。
 ルア自身の任務は続いているのだ。ジークらと共にいるのも、元はといえばそれがあるからで。ここで無駄に時間を食うわけにもいかない。
「何言ってるんだ、ルア。勿論君も一緒だ」
「…………。は?」
 思わず足を止める。
「は、じゃなくて。君も僕らと一緒に行くんだよ? ああ、上のほうは気にしなくてもいい、僕が既に話をつけておいたから。君が今受け持っている任務とやら のことも大丈夫だ。教主様は実に面白い方だね。君を 借りたいというお願いをしにいったはずなのに、仕舞いには君の馬鹿話まで聞いてしまったよ。いや、実に楽しい時間だった」
「な、な…」
「七? あ、何ね。言っただろう? 君も共に行動すればいいと。驚くこともないだろうに」
「そんな馬鹿な!」
「ふ。そういうと思って教主様から手紙を預かってる。親切な方だよ」
 ルアはジークがひらりと出した紙を奪い、すごい勢いで読み出した。目が下に移るにつれ、顔から血の気がひいていく。文末にはしっかりと印が押してあっ た。
「教主様の、如いては国からの正式な意向だ。兵士である君にとってちゃんとした仕事だろう?」
「ち、なみに、拒否権は?」
「あるわけないだろう?」
 あっさりとジークが返す。この兄妹を相手にすることがひどく大変なことだと、この二日間で実感していた。ルアは肩を落とす。
「まぁそういうわけだから。ルアも出発の準備をしておきなさい。砂漠は君がいてくれたほうが進みやすいんだ。頼りにしてるよ」
「………、、了解」
 これは仕事だ。ならばどれだけルアが拒もうと同じこと。兵士たるもの国の意向には従わなければならない…たとえ、どれだけ嫌で嫌でたまらなくとも。
 かくしてルアは、先日知り合ったばかりの魔術師兄妹と旅に出る羽目になった。











 この景色は変わらない。
 仕事で何度も魔物退治に出たが、やはりどこをみても砂漠、砂漠、砂漠。
 これでは気も滅入ってしまう。
 ぽつんとオアシスがあったりするが、発見は難しい。見つからないことに利点もあったが。
 人同士の争いが起こらないことだ。
 誰かが一人富を得れば、満足に生活をできていないものはそれを羨む。そうしていざこざが生まれ、結果的に敵対してしまう。これは自然の摂理とも言えた。
 勿論水はあったほうがいいのだが…。そこは難しいところだった。
 ルアは左手で今しがた掃除していた片方の剣を仕舞い、もう一方の剣を取り出した。手入れは常にしておかなくては、いざという時に困るものだ。
「ふー。気持ちいい! 水にこれだけ感謝できるのは、砂漠にいる時だけね。あ、ルア、こっちで本当にあってるの?」
 ばしゃん、と水音がした。水に浸かりながらレティシアが聞いてくる。
 最初ルアに対しあまりいい印象を持っていなかったレティシアも、オアシスを見つけてからは機嫌がいいようだ。
 少し離れたところで剣を掃除していたルアは、呼ばれ顔を上げた。
「これで間違ってて最初からやり直し〜、とか言われたら、あたし暴れるわよ。あとどれくらい?」
「冗談でもやめてくれ、怖すぎる…。方角はあってる。もっとも、距離はわからないけど」
 幾分本気で怯えるような声を出し、答える。
 今は旅の途中、ちょうどいいオアシスを発見したので休息を取っていたのだった。
「砂漠は面倒ね。あたしの国は草とか木が茂っていて整備もままならなかったけど、こっちよりかはましかも。――こらエル! 上がった傍から砂を触らな い!」
 レティシアが砂の上でごろごろと転がっていた猫のような幻獣――エルヴィスという名前らしい、を叱りながら言う。
「まぁ…かも、じゃなくてそうだろうな。あ、おい、それをこっちにやるな」
 剣の手入れを続けながら、エルヴィスを指差す。
「? なんで?」
「俺は動物が苦手なんだ」
「ふ〜ん…。♪」
「!!!!!」
 これはとばかりにレティシアがエルヴィスを一投する。
 声にならない悲鳴を上げてルアが後ずさった。
「お前な!」
「いいじゃない。幻獣は実体、本当は無いし」
「幻の獣だぞ? 獣。十分動物だろーが!」
「まーまー。短気な男はモテないよん」
「余計なお世話だ! ………はぁ」
「あははっ」
 そこでようやくからかわれていると気付いたのか、ルアは会話を終了した。
 手もとの剣を見つめる。よし、刃こぼれは無い。
「ねぇ、ルアはあの国を出た事はないの? 海とか、知ってる?」
「海? …文献で知ってはいる。水が沢山あるんだろ? けど、見たことは無いな。国を出ることなんてなかったし。せいぜい国の付近に現れた魔物の、掃 討作戦 くらいで」
「そうなんだ。そしたら、今度初めて見るってわけね!」
「海に向かってるのか?」
「あんた話聞いてなかったわね…。今から行く場所は港街よ。船に乗るに決まってるでしょ。あっちに海が広がってるの。といっても、そう言ったらどこに でも海はあるんだけど」
 そう言ってレティシアがちょうど東の方向を指差す。
 ルアもその指の方向を見ながら、まだ見えない海を思った。水だらけ、か。
「ふぅん。すごいんだな」
「あははっ、そう言うのもきっとレストの人だけよ」
「…悪かったな」
「お二人さん、和むのはいいけど、その格好はどうかな」
 別の場所で水を汲んでいたらしいジークが、こちらへ向かってくる。その格好?
「…あ!!!」
 レティシアが悲鳴を上げる。何事かとルアがそちらを向いた瞬間、
「きゃーー!! 何のぞいてんのよ!!」
 振り返ったらしいレティシアに、 ばしゃぁ、と大量に水をかけられた。
 一瞬呆気にとられたルアは、そのままの姿勢で固まった。はっと意識を取り戻し、抗議する。
「のっ…のぞくかばか!!」
 うっすらと顔を紅潮させながらそっぽを向いた。
「ははは」
 あたふたと慌てる二人とは別に、ジークだけが爽やかに笑い声をたてた。










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